労働判例〜賃金や賞与、退職金

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賃金債権の相殺は、労働者の自由な意思に基づく場合であっても許されないのか?

労働判例

労働基準法24条1項本文は、賃金債権の相殺を禁止する趣旨を包含するが、労働者が自由意思に基づき同意した場合(合理的理由が客観的に存在することを要する)は、相殺も許されるとされた事例
(平成2.11.26 最高裁第二小法廷判決 N製鋼上告事件)

 

判決の要点

労働基準法24条1項の趣旨と相殺が許される場合

労働基準法24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払いの原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づき上述の相殺に同意した場合においては、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、当該同意を得てした相殺は当該規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決)。

 

もっとも、上述全額払いの原則の趣旨に鑑みると、当該同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は、厳格かつ慎重に行われなければならないことはいうまでもないところである。

 

本件貸付金による退職金・給与等の相殺の経過

本件についてこれをみるに、原審の確定するところによれば、@Wは、被告会社に在職中の昭和56年7月20日、被告会社の住宅財形融資規程に則り、元利均等償還、退職時残金一括償還の約定で、被告会社から87万円、三和銀行から263万円を借入れ、また、昭和58年4月26日、上述同様の約定で兵庫労金から200万円を借り入れた。

 

A上述借入金は、いずれも抵当権の設定なく、低利・長期の分割返済の約定で住宅資金として借り入れたもので、被告会社及び三和銀行借入金の利子の一部は被告会社負担の措置が取られていた。

 

B会社借入金の返済は、月次の給与及び年2回の賞与により、また、退職時は全額返済が約された。

 

C銀行借入金の返済は、月次給与により振込を行い、退職時は残債務の一括償還が約された。

 

D労金借入金の返済は、月次給与により組合経由で労金へ支払い、退職時は全額返済が約された。

 

EWは、交際費等に借財を重ね、昭和58年9月頃には総額7,000万円の負債の返済に追われ、破産を考慮し、被告会社に退職金等による上述借入金の一括返済を依頼し、被告会社は了承した。

 

F被告会社は返済手続を会社に一任させる取扱い慣行により、その趣旨で委任状の提出を受けた。

 

G被告会社は、Wの退職日を昭和58年9月15日とし、同月20日、退職金392万円余、8月分給与22万8,000円金を計上し、同日、これから会社貸付金69万6,000円余、銀行借入金229万5,000円金を控除して支払い、同月22日、労金借入金115万7,000円余を控除し、これに共済会脱退賤別金4万円及び9月分給与の一部9万9,000円余を加え、合計129万7,000円余を組合に交付した。

 

HWは、同年10月6日破産を申立て、同月19日破産宣告を受け、上告人が破産管財人に選任された。

 

I同年11月下旬、Wは被告会社担当者の求めに応じ、退職金等の領収書に異議なく署名押印した、というのであり、原審は、上述事実関係に基づき、各精算処理につき、被告会社が前記各約定に基づきWの退職により同人に対して有するに至った会社借入金の一括返済請求権及び銀行・労金各借入金について被告会社がその残債務の一括返済の委任を受けたことに基づく返済費用前払い請求権と、Wの有する退職金及び給与等の支払請求権とを、Wの同意の下に対当額で相殺した(本件相殺)ものであると判断しているのであって、当該認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

 

本件相殺の適法性

1.上述事実関係によれば、Wは、被告会社担当者に各借入金残債務の退職金等による返済手続を自発的に依頼し、本件委任状の作成・提出の過程にも強要にわたる事情は全く窺えず、当該各精算処理の後も被告会社担当者の求めに異議なく応じ、退職金計算書、給与等の領収書に署名押印している。

 

2.また、本件各借入金は、いずれも、抵当権の設定がなく、低利で相当長期の分割返済の約定の下にWが住宅資金として借り入れたもので、特に会社及び銀行借入金の利子の一部を被告会社が負担するなどWの利益になっており、同人も、当該借入金の性質及び退職時には退職金等により残債務を一括返済する旨の前記約定を十分認識していたのであって、上述の諸点に照らすと、本件相殺におけるWの同意は、同人の自由な意思に基づくものと認められる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきであって、本件相殺が労働基準法24条1項本文に違反するものでないとした原審の判断は正当として是認でき、原判決に所論の違法はない。


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