労働判例〜賃金や賞与、退職金

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退職金不支給規定が、懲戒解雇時に周知されていない場合でも、不支給規定を適用できるのか?

労働判例

懲戒解雇による退職金不支給を定めた就業規則変更条項が、懲戒解雇日までに周知されていないとして、当該不支給条項を適用できないとした事例
(平成10.5.29 大阪高裁判決 Nコンペンションサービス控訴事件)

 

判決の要点

就業規則の退職金不支給条項に関する当事者の主張

1.被告会社は、退職給与規程(新規程)10条1項には、懲戒解雇により退職となる場合には、退職一時金の全部または一部を支給しないことがある」との定めがあり、被告会社は、この不支給条項を援用するから、懲戒解雇した原告らに対して退職金の支払義務がないと主張する。

 

2.これに対し、原告らは、本件不支給条項は被告会社が原告らに退職金を支給するのを嫌って、退職給与規程を急濾改訂し、不支給条項を新設したものであって、新規程は従業員に周知されていないから、無効であると主張する。

 

新規程の効力発生要件・・・周知の必要性

1.本件新規程は就業規則35条の委任を受けたものでそれ自体就業規則の一部であるから、就業規則としての退職給与規程の変更の有効性が問題となる。

 

労働基準法89条は就業規則の作成及び変更について行政官庁への届出義務を、同法90条は労働組合又は労働者代表者の意見聴取義務を、同法106条1項は就業規則の掲示又は備付けによる周知義務を定めている。

 

もっとも、これらの規定はいわゆる取締規定であって効力規定ではない。

 

それ故、使用者がこれらの規定を遵守しなかったからといって、これにより直ちに就業規則の作成又は変更が無効となるものではない。

 

2.しかし、およそ就業規則は、使用者が定める企業内の規範であるから、使用者が就業規則の新設又は改訂条項を定めたとしても、そのことから直ちに効力が生ずるわけではない。

 

これが効力を生ずるためには、法令の公布に準ずる手続、すなわち何らかの方法による周知が必要である。

 

なお、就業規則の効力発生要件としての上述周知は、必ずしも労働基準法106条1項の周知と同一の方法による必要はなく、適宜の方法で従業員一般に知らされれば足りる。

本件退職給与規程改訂の各手続の状況

1.従前、就業規則35条の委任を受けた退職給与規程は、従業員が退職した場合に退職一時金を支給すると定め、その計算方法等を規定していたが、同規程には、懲戒解雇された場合に退職金を支給しない旨を定めた除外規定は存在しなかった。

 

2.被告会社は、平成2年7月18日、退職給与規程を改訂した旨の同年7月3日付け就業規則変更届を所轄労基署長に提出した。

 

この変更届には、平成2年7月3日付けで労働者代表Mの意見を聴いたことを証する意見書(意見は「特になし」)が添付されていたが、Mは労働者代表ではなかった。

 

3.原告Yは、平成2年7月3日、被告会社に対し、就業規則、給与規程、退職給与規程の全文を送付するように申し入れた。

 

被告会社は、同月6日付けで各全文を原告Yに送付した。

 

原告Yは、新規程10条1項の改訂がどのような手続で改訂されたのかを問い合わせた。

 

これに対して被告会社は、平成2年5月30日の常務会において決定したと回答した。

 

また、原告Sも退職給与規程の送付を総務部に請求し、平成2年7月末頃送付を受けた。

 

人証は、通常、改訂規程は全従業員に配布しているので、本件新規程もそういう形で、7月末くらいに配布したと思うと証言している。

 

4.また、被告会社は、退職給与規程の改訂は、これのみ単独で行ったものではなく、社内改革の一環として各種の規程について逐次行われ、その状況は規程等の整備状況(略)のとおりと主張する。

 

そして、原告Yらの退職指定日は、平成2年7月15日であり、被告会社が原告らを懲戒解雇した日は同年7月13日である。

 

この退職日又は懲戒解雇日までに、被告会社が新規程を従業員一般に周知した事実を認めるに足りる的確な証拠がない。

 

新規程の効力発生時期及び既得退職金請求権剥奪の可否

1.以上によれば、被告会社が原告らの退職の日までに新規程を一般的に従業員に周知した事実を認めることができない。

 

そして、新規程は、従業員側に意見を求めるために提示され、かつ、正当な代表者による意見書が付された上で届出られたともいえない。

 

このような場合には、就業規則変更の効力は、原則としては従業員一般に対する周知手続をとらないまま、その効力が生ずるものではないと解すべきである。

 

原告Yや同Sは退職前に新規程を取り寄せてはいるか、単に同人らが退職前に新規程の存在と内容を知ったとしても、これをもって新規程の効力が同人らに及ぶものではない。

 

2.それのみならず、新規程による退職金不支給の定めは、既得権である退職予定者の退職金請求権を奪うものとして、その効力がない。

 

すなわち、使用者が就業規則によって労働条件を一方的に変更することは原則として許されない。

 

ただし、その就業規則の変更が法定の手続を経ており、かつ、その内容が合理的な場合に限り、個々の労働者の同意がなくてもこれを適用できる。

 

そして、本件においては、被告会社は、既に退職願を出している原告らに対し、報復的な意図の下に、密かに懲戒解雇による退職金不支給規定を急濾新設する就業規則の変更を行い、退職金の支給義務を免れようとしたものであると認められる。

 

そうすると、これが原告らの本件退職に関して内容的に合理的な就業規則変更に当たるとは到底いえない。

 

したがって、本件新規程は、原告らとの関係でその効力がない。

 

3.そうすると、原告らが退職給与規程の退職金不支給条項(懲戒解雇)に該当することを理由とする被告会社の抗弁は、その余の点を検討するまでもなく、その前提において既に理由がない。

 

(注記)原告Y他1名が、被告会社からの損害賠償請求に係る控訴審判決に対して上告したが、棄却され、確定したことにより、本項の退職金不支給条項はその新設前に退職(懲戒解雇)した原告らに対して適用できないとする控訴審判断は確定した。


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