労働判例〜賃金や賞与、退職金

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賞与の支給直後に退職する従業員について、賞与額を低額とする定めは認められるのか?

労働判例案内人

賞与額の決定要素に将来の期待を加味し、中途採用の年内退職予定者の賞与を低額とする規定には合理性が認められるが、僅少に過ぎる場合は、民法90条の問題が生ずるとして、2割減を相当とした事例
(平成8.6.28 東京地裁判決 Bコーポレーション事件)

 

判決の要点

事件の概要

本件は、継続勤務を前提とする規定に基づき冬季賞与の振込支給手続をしたところ、急遽年内退職となったため、退職予定者に適用する低額な賞与の支給を受けるべきであるとして、会社が原告となって被告労働者に対し、過払いとなった分の返還を求めた事案である。

 

採用〜退職の経緯

被告労働者は、以前、外資系化粧品会社に勤務していたが、募集広告により原告会社に採用を申込み面接の後、平成4年4月1日付で原告会社に入社した。
被告労働者は、入社当初、東京支社企業事業本部開発部課長補佐に配属され、同年10月1日、同事業本部人材開発部に異動した。被告労働者は、希望していた営業の仕事に就けない等の理由で仕事に展望が見い出せないと感じていたこと及び病気の父親の看病に専念する必要があったことから、同年12月に入り退職を決意し、同月11日直属上司の課長に「出来るだけ早い時期に退職したい」との強い希望を伝え、出張中の部長にもその旨を電話で伝えた。
そして、同月15日に、翌16日付の退職届を提出し、同日付で退職した。

 

継続勤務を前提とする規定に基づく賞与の振込支払の完了

1.原告会社の冬季賞与の支給基草書は、例年、中間決算の行われる9月末から10月上旬に会社の業績を考慮しながら人事部で起案し、取締役会で決定され、本件基準書も同様の手順により確定した。
本件基準書では、中途採用者のうち、被告労働者のように平成3年11月1日から平成4年9月1日の問に入社した者の賞与は、基礎額の4ヶ月とするが、同年12月31日までの退職予定者については4万円を在職月数に乗じた額と定められている。
このような差異を設けたのは、原告会社の賞与には、要素的には従業員の実績に基づいて支給する部分と、その将来の活躍に期待して支給する部分があるとし、退職予定者については将来に対する期待値が少ないので、その分の金額を抑える点にあった。

 

2.被告労働者の平成4年冬季賞与は、年内退職予定がないとの前提で支給基奉書に基づいて、162万2,800円と算定されたが、被告労働者が退職の話を持ち出す前日の同年12月10日までには銀行振込手続が終了していたので、所得税控除後の106万7,329円が支給日の同月14日に被告労働者の銀行口座に振り込まれた。

 

賞与に関する個別合意の成否

被告労働者の採用面接時には、原告会社人事課長から年収759万円余となり、賞与は夏季3ヶ月であるが中途入社のため2.5ヶ月分となり、冬季は4ヶ月分となるという趣旨の説明がなされているが、この賞与の説明は原告会社の制度の説明であることを被告労働者も認識しており、具体的な金額を内容とする個別的合意が原告会社・被告労働者間に成立したとは認められない。

 

退職予定者に対する低額条項の構造と当該労働者の該当性

1.本件支給基準書は、賞与額について、第6項で、「11月1日〜9月1日入社者:基礎額×4ヶ月」としたうえ、平成4年末までに退職する予定者については、本件条項で「平成4年4月1日以降の入社者、登用者について12月31日までの退職予定者は、在籍6ヶ月未満同様:4万円×在職月数」と定めており、この規定の形式、文言からすれば、同年4月1日以降の入社者等で年内退職予定者のみ本件条項を適用し、それ以外の者には第6項を適用する趣旨と理解でき、同年4月1日以降の入杜者等の賞与として第6項を一般的規定として設け、そのうち年内退職予定者についての特別規定と解される。

 

2.そうすると、4月1日以降の入社者等で年内退職予定の者には本件条項のみが適用されるのであり、一旦、第6項によって確定した賞与額が減額されるとか、振込支給により消滅した債権債務関係がその後の事情で変更されるというものではない。

 

3.「退職予定者」については、本件条項の趣旨からすれば、少なくとも支給日の12月14日までに年内退職が判明している者が含まれることは明らかであるから、被告労働者が該当することは明白であって、基準書の第6項ではなく本件条項のみが適用される関係にあり、振込送金手続の日程等との関係は事務処理上の都合によるものであって、退職予定者に該当するか否かには関係がない。

 

退職予定者に支給する賞与を低額とする規定の有効性

1.賞与額決定要素として、実績の外、将来期待を加味することを前提に、退職予定者は将来期待が小さいという理由で、非退職予定者に比して低額とする条項を検討する。
賞与決定要素に将来期待を加味することには一応の合理性が認められ、この趣旨の条項を設けること自体は、高額賞与の受給を望む限り一定期間退職を我慢すべきこととなる側面において退職の自由を制約するが、その期間が本件基準書のように約半月程度を超えないとみられる場合には、労働基準法・民法の禁止に該当しないものと解される。

 

2.しかしながら、他方、賞与の基本的な趣旨が実績評価であって賃金の性質を有する場合に、将来期待が小さいとの理由で賞与額を僅少に止めるとすれば、それは、将来期待を名目に賃金を実質的に奪うことになり、労働基準法違反あるいはその趣旨に反することにより民法90条違反の問題を生ずる。

 

本件退職予定者低額条項の内容の評価とその効力

1.被告労働者に退職予定がなければ、162万2,800円となる賞与が、年内退職予定で在職7ヶ月=28万円となり、支給額に134万円余の差を生じ、17%余の金額しか受給できないこととなる。

 

2.将来期待の程度の差に応じて差を設けること自体は不合理ではなく、禁止されていると解する理由はないが、賃金と認められる賞与において、純粋に将来に期待する部分が支給額の82%余を占めるものとするのは、如何に在社期間が短い立場の者とはいえ、肯認できない。
本件基準書の内容は、第6項では基準額に応じて、また、本件条項においては在籍期間に応じてそれぞれ額が変動するので、その相互の割合には変動があるが、上述82%の部分の中にも本来賃金の要素からなる部分が合まれていると解さざるを得ない。

 

3.そうすると、年内退職予定者に対してその分を支給しないことは、実質的に、従業員の賃金を不当に奪うこととなり、賃金の支払を保障する労働基準法24条に反する結果を招致することになる。
本件条項は、その限度において労働基準法の趣旨に反し、民法90条違反であると解される。
また、給与規程が、賞与を基本的に賃金の一種と捉えていることからすれば、実質的に賃金である部分については、退職予定者にも支給を予定しているといわなければならないから、それを下回る支給額が算出される本件条項は、その限度において、給与規程の委任の枠を超え、原告会社の賞与制度の趣旨を阻害するものであり、無効である。

 

年内退職予定者の賞与の低額支給の許容範囲

1.将来期待部分を賞与に反映させることが許される範囲・割合については、本件支給基準書に記載された従業員の各類型毎の支給基準を対比し、在社期間の短い中途入社者は将来に対する期待部分の割合が比較的多い類型の従業員であると思われること等の諸事情を勘案し、弁論の全趣旨に照らして判断すると、被告労働者については、同一条件の非年内退職者の賞与の2割とするのが相当である。
なお、被告労働者は、減給の制裁との比較を論ずるが、賞与額の決定は懲戒とは直接関係がない。

 

2.本件条項が、非年内退職予定者の賞与額との差を設けることが許される範囲を超えて年内退職予定者に対する支給額を低額にしている部分は効力がないので、年内退職者は、本件条項の定める範囲を超えて、その賞与額の8割に達するまでの分については、補充的に本件条項の一般的規定である第6項に基づき、賞与を受ける権利を有すると解するのが相当である。

 

3.以上を被告労働者の賞与に当てはめると、被告労働者は本件条項に基づき28万円を受給できるほか、これと第6項による非年内退職予定者の賞与額162万2,800円の8割である、129万8,240円との差額である101万8,240円を第6項に基づいて、受給する権利を有していたと認められる。


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